2016年09月09日

私はあの時死ぬはずだったのかと思った話。

こんにちは音譜西小山の女性整体師りまです音譜

むかーし、読んだ何かの本にこんな事が書いてありました。

人は生まれる前に、今回の人生をどう生きるかの青写真を決めて生まれてくる。

その青写真の中には人生の出口(=死期)も含まれているが、その出口は一つではなく複数設定しており、どれを選ぶのかはその時の状況に置いて、魂(?)が決める。

と。

まあこの説が本当かどうかは判定のしようが無いので、これを読んだときは、

「ふ〜ん、そんな説もあるのね〜。」位に思っておりました。

(因みにこの本が一体何だったのか全く思い出せないので、これを読んでわかった方は教えて下さると嬉しいです。)


しかしその後、「もしかしてあれが私の『出口』の一つだったのかもしれない。」と思う出来事がありました。

今日はそんな思い出話をいたします。


私は子供の頃から大人になるまで、とある夢をずーっと見続けていました。

一番古い記憶は保育園に入った頃なので、4歳前後からでしょうか。

それは、パターンは色々あるものの、飛行機が炎上する夢でした。

私は基本、どの夢も現実とたがわない位臨場感のあるものがほとんどなのですが(世の中には夢は白黒の人も居るらしいので)、

この飛行機の夢はどこか他の夢とは違う異質さがあり、この夢を見た日はいつも何とも言えない不快感で目を覚ましたものでした。

こんな夢が大体年に2〜3回の頻度で、忘れた頃に現れるのです。

余りのしつこさとその異質さに、

「もしかしてこれは予知夢なんではないかはてなマーク私は飛行機事故で死ぬのではないか。」

なんて思ったこともありました。

私の父の実家は福岡なので、帰省する時はいつも飛行機だったのですが、この夢のせいで飛行機恐怖症になった子供の私は、

飛行機を頑として拒否し、福岡の帰省を無理矢理新幹線に変更させたこともありました笑

しかし、この夢はあくまで飛行機が炎上するのを私がどこからか見ていると言う状況で、決して私が乗っている飛行機が落ちていく訳ではないことにある時気付き、

それから私の飛行機恐怖症は無くなりました。

その夢を年に2〜3回繰り返し繰り返し見続けながら私は大人になりました。


そして2001年、アメリカで同時多発テロが起こり、NYのワールドトレードセンターに2機の飛行機が突っ込んでビルが崩壊した日、

当時マンハッタンで働いていた私は、遠くの空で舞いあがっているビル崩壊の粉塵を現場から5キロほど離れたオフィスの外から眺めていました。

そのテロの日の翌朝、私はまた例の飛行機の夢を見ました。

炎に包まれた飛行機の残骸の中に立った私は、その時、

「今まで長年見てた夢は昨日の事だったんだ。私は昨日死ぬはずだったんだ。」

と全ての謎が一気に解けたかのようで、夢の中で全てが腑に落ちる感覚がうわーっと全身を襲いました。

そしてその日を最後に、私を20年近く悩ませてきた夢は二度と現れることはありませんでした。


続きます続く
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posted by 西小山カイロりま at 18:17| Comment(0) | 【西小山の整体】日々のこと
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